和装で穴場を散歩

京都では着物レンタルといって簡単に和装姿になって町を散歩できるサービスが流行しています。

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和装で穴場を散歩

和装で散歩をしませんか?
京都では着物レンタルといって簡単に和装姿になって町を散歩できるサービスが流行しています。
(夏は浴衣もやっている店が多いです)
そんな和装に変身した姿で行きたい
あまり有名じゃないけど行ってみたい歴史ある穴場の場所を3つ紹介します。

無鄰庵(むりんあん)

京都市左京区南禅寺にある京都市が名勝。山県有朋の別荘で庭園は見事なものです。中でお抹茶を楽しんだりイベントなどもやってたりします。知っている人は知っている穴場的な存在ですが、実は明治36年に山県有朋、伊藤博文、当時総理大臣の桂太郎、小村寿太郎の4人よって日露開戦直前の日本外交方針を決める会議が開かれた場所でもあります。日本を動かす大事な舞台だったんですね。その事を「無鄰菴会議」と言います。

鹿王院(ろくおういん)

足利義満が長寿祈願の為、建てたとされている寺院です。観光客はほんとうに少ないんですが静かでとても良い場所です。嵐山にあり駅近くでもあるのでアクセスは良いです。入るとそれまでの景色とは別世界で、枯山水の庭園が素晴らしいです。新緑・紅葉どちらの季節も美しく行く価値がある名所と言えます。

最後はここは是非みてもらいたい、 最近はテレビなどでも紹介される事が多くなり知っている方もいるかもしれません。

養源院(ようげんいん)

本堂の廊下の天井を見れば赤い手形、指、人の姿などが生々しく残っていて「血天井」と呼ばれています。 なぜそんな生々しいものが天井にあるのか、時は慶長5年、関ヶ原の戦いの直前、徳川家康は会津の上杉景勝討伐に向かうため、 留守居として鳥居元忠の1800名に伏見城を守らせていました。 すると家康が京を離れた隙を狙っていた石田三成の軍勢9万が伏見城を攻撃します。 鳥居元忠とその部下は三成軍を少しでも長く京に留まらせ、会津まで援軍に行かせないようにと 奮戦したのですが8月1日遂に力尽き、落城の際に鳥居元忠ら380名以上が自刃します。 鳥居元忠達の遺骸は関ヶ原の戦いが終わるまで約2ヶ月もの間、伏見城に放置され、 その血痕や顔や鎧のあとが縁側の板に染み付き、いくら拭いても洗っても落ちなくなりました。 そこで、縁側からその板を外し、供養のため寺に移しました。 その際に床を、足で踏む床板にしては供養にならないからと、 天井にして手厚く供養しているものがいわゆる「血天井」として京都各地に今も残っています。 京都各地に今も残っているので実は血天井は他のお寺にもあります。 養源院、 宝泉院、正伝寺、源光庵、興聖寺、天球院、 神応寺、栄春寺などに 供養として伏見城の床板が天井に貼られています。 実は京都だけではなく岐阜城や池田城にもそういった事はあり、 岐阜城では落城時に最後まで生き残った家臣38人が切腹、それを弔うために 床板を崇福寺の天井に貼りました。 池田城では池田貞正が切腹した時の床板を 大広寺の、玄関の天井に貼ったと言われています。

アクセスが良いお店

どこに行くにしてもアクセスが良いお店でないと厳しい。 散策するなら着物がおすすめ!着物レンタルなら京都で有名なぎをん小町がおすすめです。 可愛い着物で一日借りれます。スタッフの対応も◎!

たくさん観光するならここ!

京都の着物レンタルあかひめは、清水五条と嵐山にお店があります。 清水五条店は有名な観光地、清水寺などにも行きやすく、また駅にも近いため、少し離れた【千本鳥居】で人気のある伏見稲荷にも行きやすいですよ。
たくさんの観光地を回って、着物でフォトジェニックを見つけてみては!